どれくらいそのまま時間を止めただろう。
ナルトに覆いかぶさるようにしていた俺の背に、薄っすらと雪が積もっていた。
暫くの間、三人はただ静かにそこにあった。
その静寂を破ったのは、直立したまま静を纏っていたヤマトのいつもの声で・・・。
「カカシ先輩。先に一休みできる宿を用意してきますから、ナルトとゆっくり追いかけて来て下さい。」
「ああ・・・」
「・・・!」
俺が返事を返すと、もうそこにヤマトの姿はなかった。
どうやら、気を使わせてしまったらしい。
それともこの空気が耐え切れなかったか・・・、まあ、それはどっちでもいいことだった。
今のこの状況では、ヤマトの気遣いは十分感謝に値するものだ。
ヤマトの言葉でビクリと身体を起こしたナルトを、再度自身も身体を起こして支えなおす。
身体を低く屈ませたまま、寄り添う俺とナルトは、この雪原の中ではとても小さい存在に違いない。
ならばせめて今は・・・・・・・・・
「ナルト・・・泣いていいよ」
こちらにやっと視線を向けたナルトの、その片方の蒼に向かって微笑みかける。
包帯の巻かれた頬に、そっと片手を添えれば、雪であるのか、はたまた落とした涙か・・・
白い包帯はすっかりと濡れそぼって、この胸にチリチリと小さな炎を生んだ。
蒼の宝石は、透明の欠片を産み続ける。
その涙という欠片は、流す側もそれを受け止める側にも、胸に大きな傷を作っていた。
―――泣いていいよ、と言ったのは、いつものように大声を上げて泣きじゃくれという意味でもあったのに・・・
ナルトは、声を出さずただ頬に筋を刻む。
痛みが、そのまま俺の胸に流れ込むかのようで、優しく微笑む努力をするのに、こちらの眉根も苦しげに歪んだ。
「せんせ・・・ごめん」
「何で謝るの?・・・ナルトは精一杯やったでしょ?・・・今やれる事を、やるべき事を全力でやったでしょ?」
あの雷影相手によくやったよ・・・と、雪を冠ったナルトの髪をくしゃくしゃといつものように撫ぜた。
そうすると漸く、ナルトの表情は和らいで見えた。だが、苦しい表情はお互いに先ほどのままで。
どうにも、隠せないと互いに分かり合えているようだ。
「ねぇナルト・・・いつまでも雪の上では身体が冷えてしまうから・・・」
言って、ナルトを促すように身体を支えて起き上がる。
ナルトの涙は止まっていたが、表情の陰りは消えてはいなかった。
全身についたナルトの雪を払い落としながら、すっかり湿ってしまった柔らかな金の髪に指を絡めた。
そしてそっと引き寄せるようにして、額宛がコツリ鳴る程度、額と額を突き合わせる。
下忍の頃より何度となくナルトに行ってきた行為だったが、ここ数年ですっかり成長し、身長が伸びた今のナルトでは、大きく身体を屈める必要もなくなっていた。
「・・・ね、ナルト。キスしてもいいかな?」
望む時には、ナルトに確認などとることもなく、強引に唇を奪うことを頻繁にしてきた俺なのに・・・。
尋ねる声は少し震えていたようにも感じられる。
「え?」
「わかってる・・・ごめんね。不謹慎だよね・・・。でも、今ナルトにキスがしたいんだ・・・」
一生懸命、元仲間であるサスケの命乞いを、たった今したばかりであるナルトに、恋人のキスを要求する。
それはやっぱり不謹慎だよ・・・ね。
―――でも、今、キスをしたくて仕方がないんだよ・・・お願いだから「うん」と言って頷いて欲しい。
俺はキスの要求を拒むこと許さぬように、口布に手をかけて静かに引きおろす。
・・・ね?と目元に再度促すような表情を浮かべれば・・・
「せんせ・・・俺もせんせーとキスがしたい・・・・・・」
ああ、きっと。この場でなければ、おそろしく自分の顔は緩んでいただろう。
だらしなく、目じりを下げて、正直に嬉しいと、ナルトに抱きつく勢いで喜んだだろう・・・。
しかし今は・・・・・・。
先ほどのナルトの涙を見ている俺は、簡単に嬉々たる表情は作れなかった。
己の片目を大きく見開き、固まったようにナルトの蒼に魅入られて。
驚きの次には、唇にナルトの柔らかいそれを感じていた。
―――ああ、ごめんナルト。こんなに一生懸命に頑張るお前にすら、傷つくお前の姿にすら、俺はきっと欲情しているんだろうな・・・。
ナルトが俺の頭を抱えるようにして抱きついてくる。
俺はナルトの背を力いっぱい両の手で抱きしめる。
寄せられる唇は多少強引で、噛み付くように唇を割り、ナルトはかわいい舌を口腔内へ忍ばせる。
互いに貪るように唇を屠り合えば、すっかり冷えてしまったナルトの唇にも熱が灯るのを感じた。
―――悲しいの?苦しいの?ナルト・・・
―――このキスで少しは忘れられる?苦しみ、焦燥も少しは癒される?
それであれば、俺の生きている意味が少しはあるのに・・・。
は・・・ふ。とようやく離された唇からは名残を繋ぎ銀糸が光を帯びて・・・。
その糸をグイと手の甲で拭い取るナルトの目には、既に力強いいつもの輝きが見て取れた。
「ナ、ルト・・・」
「・・・っ、へ、先生。ありがとってば・・・慰めてくれたんだろ?俺ってば、恥ずかしいけど、なんかカカシ先生にいつも力貰ってるよな」
ガハハと色気の無い笑い声を轟かせ、そう元気に言い放つ姿に先ほどの悲哀はもうない・・・。
そして、抱きしめる俺の両の腕からも自然と離れていって・・・
すっかり、巣立たれた親鳥の心境を俺は味わっていた。
「強く・・・なったね・・・。」
「どこがだってば・・・?!いっつもカカシせんせーに甘えてばかりじゃダメだってばよっ!でも、せんせー、サンキュ。わがまま聞いてくれて、いつも見守っててくれて、感謝だってば・・・」
乾いたばかりの涙の筋がまだ頬に張り付いている。
その頬が、あの割れんばかりの笑みを象り、この心臓はまた、初恋にぶち当たった心境そのものにハクハクと脈打っていた。
―――ああ、ナルト。・・・お前は。・・・・・・キミは。
俺の穢れた目にも確かに映る。
ああ。
―――目の前の愛しい存在。
決して大きくは無いその背に、眼前に広がる雪景色のような、
真っ白い大きな翼が生えて見えた気がした。
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