先ほどまで、ナルトに渇え、眺めていた空…。その空の色すら変わらぬというのに、渇えは喜びという泉に今は替わってしまった。胸はドキドキと浮き立った心臓のリズムを刻む。
火影室を出てからのカカシはすっかり舞い上がっていたのか、何度も建物の廊下壁や柱にぶつかった。思わず痛てっ!と声をあげるが、しこたま額を柱にぶつけたというのに、それでも頬は緩んでしまう。前を見ているはずなのに、世界は既にカカシの妄想一色。その視界には、ナルトの姿でこれでもかというほど埋まり、『カカシ先生』と、にこやかなナルトが、カカシに満面の笑顔を向けていた。

「もう、……待ちきれないよナルト」

カカシはその足で街へと向かう。
ふらふらとまるで吸い寄せられるように。
向かうは表門だ。
ナルトが阿吽の扉を潜り帰ってくるのを、見逃さないために。
里へ帰ってきたナルトに、一番に声をかけるために。




―――俺が一番に、お帰りって言わないとね。




カカシは表門がよく見える、里のメイン通り沿いの高めの建物に目を付けた。
ここの屋根は見晴らしがよく、通りも表門の近辺も楽に見渡せる。
自来也とナルト一行は十中八九、この大通りを通るだろうと、カカシは陽のあたる瓦屋根に腰を下ろして、また空を眺めていた。
先ほどより、太陽が高くなっていた。もうしばらくすれば、この時期の太陽が、最も高くなる真昼の時刻を指す位置まで動く。

「さて、ここでこうして待つのも手持無沙汰だから…」

風に流される白雲を眺めながら、う~~んと、少しばかり考えると、カカシは出かける前に腰のポーチに忍ばせた愛読書イチャイチャパラダイスを引っ張り出した。

「ま、これでも読んで待ちますか…」

開かれたページは、もう何度、目を通したか分からない。既に覚えてしまっているような文章に、気持ちが入るようなカカシの今の心情ではなく、ぺらりぺらりと字の並びを追い先へ捲りはするものの、心はここにあらず。その白い紙に映るのは、黒い文字ではなく、金の髪と蒼い瞳。微笑んだ時に、頬に見られる薄い紅。陽の光に焼けることのない白い肌。
カカシは指を器用に動かしながら、何度も溜息をついた。

「まだ…かな」

カカシは最初、忍犬を使おうか迷った。迷った挙句パックンを呼び出し、ナルトが帰ってくるという一部始終を話した。カカシのナルトに対する異常なまでの執着を昔から良く知るパックンは、今回は大人しく待った方がいいのでは。と犬には珍しく気の効いたことで、カカシの想いを汲んだ上でのアドバイスを残した。やっと出会えるのが待ち遠しくて、忍犬を差し向けましたなど…と、ビンゴブックに名の載るいっぱしの上忍が、他の忍に知れたらいい笑い者だという。ここはクールに待っとれ、と。パックンのアドバイスこそが正論で、カカシは大人しく時間が過ぎることを待つことにしたのだ。第一、カカシが忍犬を使ったことがナルトに知れれば、ナルトは本当に呆れてしまったことだろう。

『そんくらいのことも待てねぇのかよ…普段焦るなって俺に説教ばかりたれてんのに』……今にも呆れ顔のナルトの声が聞こえてきそうだ。


「ああ、だめなんだよナルト。オレ、…ホントお前のこととなると見境なくすの……ハァ~~~~」

自嘲気味に大きく一つ溜息をついたカカシは、犬並みに効く鼻をクン…と一度動かした。
確認するかのように、里の外、表門の方角へと顔を向ける。静かに、森から漂うその風を肌に感じれば、カカシの覗いた片目が見開き輝いた。

ナルトだ。

ナルトの気配を確かにカカシは感じたらしい。目を凝らせば、遠方より駆け走ってくるオレンジの存在が目に入ったのか……
カカシは己の身体を両の腕で抱きしめるようにして感激を耐えていた。ナルト…ナルト…と呟きながら。
待ち望んだ時に備えるように、カカシの身体は確かに震えていた。


「だめでしょ…こんなんじゃ……」


震える腕に爪を立てるようにして、カカシは力を込めた。そして、大きく息を吸い込み、吐きだしながら呼吸とチャクラを整える。
ナルトにこんな無様なさまを見せるわけにはいかない。
ナルトにとってカカシはいつもカッコいい上忍であったし、何より頼れる先生で、上司で。
それが、こんなみっともないくらいナルトとの再会に動揺しているなんて、知られるわけにはいかないのだ。
カカシは、落ち着くことに集中した。たとえ、ナルトがどんな変貌を遂げて帰ってきたとしても、顔色に一つとして出さないために。
だが、切り替えが出来てしまえば、流石名うての上忍カカシで、先ほどの心の動きも覗き見不可能なほど落ち着き払った雰囲気になる。
あとは、ナルトの様子を探るだけ。
その場に座り込んだまま、冷静にナルトの気配、行方を追う。
ナルトがもうすぐそこまで来ていることを感じ、カカシは口布の中で静かに笑みを作った。



















久しぶりの里の空気を、ナルトは思うまま吸った。
表門通りの中央付近にでんと構えるよう立つ電柱、その天辺から里を見下ろすように立つ姿は、里を出立した頃のナルトと少し違う様相をしていた。
まず背が伸びている。相変わらず美しい金髪は陽の光に輝いているが、その前髪がハラリと伸ばされて、額当ての木の葉の文様をチラチラと隠す。背が伸びて、骨格が一回り、二回りと大きくなったことで、肩幅が以前より出て逞しさが増した。何よりも、その面影が、火影岩に刻まれた四代目のそれを彷彿とさせる。鼻梁が通り、蒼の眼は瞼の脂肪が落ちたことで、深く二重の窪みが入りクリリと光り輝く。サスケの涼しげな目元とは対照的な美を連想させるものだ。宛ら、どこぞの由緒正しき国の、勝気な美姫の如く。そして、頬はすんなりとしたラインを型どり、十代初めのぽやぽやとした柔らかさが抜けることで、青年の凛とした風貌を確立させていた。

すっかり、爽やかな青年へと脱皮を遂げたナルトが、カカシの目の前で「なっつかしー」などと叫んでいる。

カカシはしばらく眺めていたが、やおらナルトに声をかけた。どうやらもう限界らしかった。ナルトの変貌に驚きながら、ナルトにその驚きをわざと隠すような気の抜けた声で呼びとめる。それがカカシの精一杯でもあった。



「でかくなったな…ナルト」



振り向くナルトに「よっ!」と気の抜けたような顔で一声かければ、愛しい教え子は変わることない、カカシの妄想内そのままの笑顔で近寄ってくる。
カカシは思わず手を出しそうになるのを抑える事に手いっぱいだ。フェイクで持っていたイチャパラ本を、うっかりと滑らして、下にいる作者の目の前に落っことしそうになるのを僅かに堪えた。ナルトが、「先生変わってね~ってば」とこれまた以前と変わらぬノリでカカシに接してくるので、カカシは内心不貞腐れたようになる。何だか物足りない。本当は飛びつき抱きついて欲しかったくらいだ。先生、会いたかったと。会えて嬉しいと。ナルトから抱きついてくれれば、すぐ階下にてナルトを待つ自来也に、カカシは見られることもかまわずにナルトを抱きしめたことだろう。無理やりのキスの一つ二つくらい、やってのけたかもしれない。それなのに、ナルトはカカシにプレゼントだと言って、イチャパラ本の最新巻を一冊差し出すだけなのだ。確かに…カカシが何より待ち望んだ本であることには違いない。何しろまだ未発売品の激レアだ。普通なら嬉しくないわけがない。ナルトがいつも鬱陶しがっていたイチャイチャパラダイス。それをカカシが喜ぶことを想像してプレゼントに選んでくれたことは、カカシにとって震えるほどの喜びだ。だが、今のカカシには比べられる物など無いのだ。今何より欲しいのは、目の前に居るナルト、ナルトただ一人。その体をただかき寄せて、陽のにおいのするナルトの頭、その金の髪に顔を埋めたかった。

カカシは心の中で呟いていた。

―――オレは…イチャパラ最新巻よりお前のほうが断然いいのに……。

しかし、カカシは大層らしく喜んで見せた。イチャイチャタクティクスと書かれた表紙を食い入るように見つめることで、ナルトからは目を逸らす。
身体を小刻みに震わせ、喜びに内震えているように見せる。が…。しかし本当のところは、ナルトに思わず触れようとする自身を、戒める震えの方が勝っていたことだろう。

―――こんなに待ちに待った瞬間なのに、拍子抜けだよ…ナルト。

自来也に呼ばれるまま飛び降りるナルトの背を見つめ、カカシは覗く片目だけで、一瞬寂しげな顔をした。























カカシは幾分機嫌が悪かった。
本当にこれが二年半ぶりの再会か?と思う。
曲がりなりにも出発前の二人の関係は恋人の枠内だったはず。
まだ大人な身体の関係こそは結んでいない二人だったが、カカシには、ナルトに性の衝動を教えたのが自分であるという自負があった。
自来也と修行に出る前のナルトは、まだ身体的には幼くて、カカシは最後の関係までは踏み込めず躊躇っていた。
しかし、カカシが好きだとすり寄るナルトに、己が手指を駆使し、ナルトの肌の至る所に快感を刻みつけ、時には、舌を使い、ありとあらゆる箇所を舐め回し、ナルトが嫌だと涙を流すまで鳴かしてやった。
あの肌は、青年の形に成長はしても、カカシが触れればまた、以前のように艶めかしく戦慄くはずだ。
これだけのブランクがあるのに、お前は俺が欲しくはないの?と思わず疑いの目まで向けてしまう始末。


―――恋人にこんな素っ気ない態度とっていいわけ?


―――ひょっとして、気持ち変わりしたの?俺より好きな人が出来てしまったの?


自来也と並んで歩きながらも、気持ちはそんなことばかりを考えて自来也の言葉も耳にまともに入ってこない。


―――まさかとは思うけど…自来也様に惚れたとか……。


いやいや、そんなことはあるはずない。などと心の中で大きくぶんぶんと頭(かぶり)を振る。
せめてそんな素振りを悟られないためにと、カカシはナルトからプレゼントされたばかりの本を自来也の前で開いて見せるのだった。
勿論内容は二の次だ。文面を追うふりをしながら、ナルトの様子をひたすら追う。
ナルトは確かに成長はしていたが、そそっかしいのと慌ただしいのは以前と変わりないようで、カカシの目には可愛らしく映る。
そんなカカシを引き留めるように自来也が声をかけてきた。

「約束どおりナルトはお前に返すからの~」

相変わらず、のほほんとした呑気な声だとカカシは思った。確かにナルトに三年近くみっちりと修行をつけてくれたことは頭を下げるべきことなのだろう。だが、忍としてのカカシではなく、独りの恋する男の本心としては、ナルトと自分を引き剥がした張本人はお前だろ、という苦々しい思いは否めない。

「まぁ、そんなピリピリするなカカシよ。どうじゃあ、なかなかの美丈夫に育ったとは思わんか。のぅ」

「!」

ピクと、カカシの眉尻が上がった。カカシの分かりやすい反応に自来也はふふんと勝ち誇ったように笑う。まるでカカシの心の中など全てお見通しだと言わんばかりだ。

「お前の分かりやすい気持ちなどと~に気付いとるわ。そんな剣呑なチャクラをワシに対してぶつけるのは、いい加減止めてもらいたいもんだのう」

言えば、自来也はわざとらしく肩をすくめる。

「いえ、そんなことは。自来也様には感謝しております」

だんまりで通せるはずもなく、殊勝な言葉を選んだカカシだが、この言には本心半分。本心隠しが半分といったところだろう。
今まで無事に修行をつけて、あまつさえ見事な青年へと成長させた、親のような懐の深さへの感謝は間違いなくある。しかもあの屈託のない笑顔は、成長しても尚健在で、ナルトが身体も心根も健全に成長したことが容易に伺えるのだ。あの笑顔が消えていないことは、何よりカカシを安心させていた。
二枚目になりきれない、おっちょこちょいのオーラまで見事に成長に組み込まれているのは、師匠がこの自来也故のことなのだろう。それでも、そんなおっちょこちょいなところが、ナルトに見た目よりも幼さを残している気がして、やはり愛しくなる。三枚目の雰囲気すら、カカシにはナルトの大切な魅力に変わりなく、ただもう見つめるだけで、この短い時間の間に、成長を遂げたナルトへの恋心が益々増してゆくのを感じる。
だが、もう一つの本心はというと……。なかなかに仄暗く、淀んで渦を巻いたような感情だった。ナルトと二人っきりの長い年月。ちょうど少年期から青年期の多感な年頃のナルトに昼夜付きっきりの生活。正直面白いわけがない。それだけの年月があれば、ナルトにいったいどれだけの手解きが出来たことだろう。勿論恋から、忍の心得まで幅広く。この愛し子の時間を全て独り占め出来るのだ。しかも、ナルトの外見、見事な育ち具合。今、目の前で、ナルトと久方ぶりの再会に嬉々とし、ふざけ合っている面食いなサクラでもドキリとした様子で、心穏やかならずという感じだった。新しく着こまれた、黒とオレンジを基調にした服装も、大人びた雰囲気に拍車をかけて、なかなか趣味がいい。これが全て自来也の手によるものかと思うだけで、胸の中に暗い焔が灯った。
シレっと言い放つ言葉内に存在するカカシの本心。


仄暗い、嫉妬。


この妙齢の三忍は、いったいナルトにどれだけの手解きを行ったのか…それを考えるだけで、ギリリと奥歯を噛みしめるように力が入った。
何しろ、ナルトからはエロ仙人などと二つ名まで付けられて、色事にはいつ何どきも余念がない。悔しいことに、カカシが愛する18禁本。イチャイチャシリーズの作者でもある。官能小説界では、数多の国でヒットを飛ばす人気小説家、蝦蟇仙人こと自来也。ナルトに何らかしらの影響を与えないはずがない。旅回り中では、いつでも情報収集と称して女を侍らせ、ナルトまでその毒に浸されていたかと思うと……もう。


カカシの悪い妄想は止まらなかった。


ひょっとして…考えたくはないけれど…と。カカシの妄想に拍車がかかる。
もう、ナルトは女を知ってしまったのだろうか…。それで自分に対して、あんなに淡白に接するのか。
否、女を抱いてはいなくても、性の技術に長けた女性に囲まれることで、女性の魅力というものにすっかり目覚めてしまったとか。
カカシの頭の中は、拒絶したい最悪の考えで満たされていた。

―――もし、本当にそうだったら、…………嫌だ……嫌だよナルト。

カカシは勝手にあれやこれやと考えた末、ぐったりと落ち込んでしまう。
すぐにでもナルト自身に確認しておきたいのに、久しぶりに出会う面々に悉く邪魔をされるばかりだ。
とうとうカカシは一言も二人っきりで話す機会を持つ事ができなかった。
ナルトが皆に囲まれる。それは微笑ましい光景だ。ナルトと皆のやり取りを、本を片手に伺うカカシの顔にだけ、いつもの笑みはなかった。
カカシ独りだけが、その情景を笑って見ることが出来ないでいた。









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by 千之介

あ~も~…。まだ到達しない(T▼T)
駄目駄目です…。
カカシ先生が嫉妬深くなっていますが、ナルトに関し焼餅を妬く先生が好きだったりします。



拙い文ではございますが、楽しんで頂けたなら幸いです。
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